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”野々村議員叩き”から垣間みれる”イジメがなくならない理由”

Bullying

※2014年の記事です。

テレビを付けると彼の話題ばかり。

正直、もうお腹いっぱいです。

そんな中で、少々思ったことを。

野々村議員についての報道、ネット上の動きを見て、率直に「イジメの構図と似ている」と思ったのであります。

最初に申し上げておきますが、僕は特段どの政党を応援しているとかそういうのはありません。ただ純粋に思ったことを。

 

たしかに、あの会見での彼の言動は常軌を逸しているし、態度にも問題があったと感じます。

お金の問題が真実であれば、許されるべきことではありません。

きちんと追求し、正当な処分を下し、再発防止に努めるべきです。

 

僕が気になったのは、彼のメディアやネットでの取り上げられ方です。

Twitterや某インターネット掲示板を見ていると、暴言を吐いたり、彼の画像を面白おかしく加工して、笑い者にする人たちで溢れ返っています。

テレビは”スタジオでニヤニヤしながらVTRを見るコメンテーターの姿”を映したり、”号泣会見”などというテロップを付けて報道しています。

どこぞのネットショップではTシャツまで発売されています。

 

彼の会見に問題があったとしても、さすがに違和感を感じます。

根本の問題は「公金を着服した疑い」であって、それは法的機関など、然るべきところで処分が下されるべきです。

 

正当な理由があるかのように主張し、面白がって、特定の個人を”笑い者にする=叩く”。

この構図をなんと呼ぶかというと、私的制裁(=リンチ)といいます。

 

彼の一連の言動に対して、憤りを感じる人もいるでしょう。

税金を払っている市民としては、当然の感情かもしれません。

ですが、僕たち一般市民が彼に対して私的制裁を行っていいかというのはまた別の問題であり、それは法治国家である日本では許される行為ではありません。

 

今回の構図は、学校でのイジメ問題と酷似しています。

学校で特定の人間を大勢で無視したり、暴言を吐いたり、インターネット掲示板で叩いていたら、世間はどう反応するでしょう。

この場合、たとえいじめられている側の人間性に問題があったとしても、「イジメだ!問題だ!」ってことになるでしょう。

”どんな理由があってもイジメはよくない”となります。

 

そう、どんな理由があっても私的制裁は許されないというのは、正論です。

ですが、今回の件を見ても分かる通り、現実にそれを阻止することは難しいのでしょう。

”イジメがなくならない”というのはそういう意味です。

僕たちは自らの正義を振りかざし、無意識に私的制裁を行っています。

そういった私的制裁が秩序を守ることもあるのかもしれません。

ですが、時に私的制裁は集団心理の働きによりエスカレートし、取り返しのつかない事態を引き起こすこともあります。

今回の件はそれに近い思います。

 

インターネットの匿名性という性質により、私的制裁がより簡単に行えるようになりました。

ネット上だけではありませんが、ネット時代を生きる僕たちはより、自らの発言の責任について考えるべきかもしれません。

そして、より世の中をフェアに判断できる目を養う必要があると思っています。

 

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