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安保法案採決からの新国立競技場計画白紙という分かりやすい”ガス抜き”について

Hukaikan

メディアが騒がしい今日この頃。話題の中心になるのが安保関連法案の話題でしょう。

僕のような一個人がこのような思いを馳せることからも、過去を振り返っても大きな節目ではないかと思っています。この一連の流れについては、いろいろと思うことがあるので記しておこうと思います。

安保関連法案の是非

このような記事を書くに当たっては、最初に自分の立ち場をはっきりさせておかなければいけないのですが、僕としては、この強行採決には反対です。

主に、この法案が憲法違反である(と僕は思う)という点で反対です。こんなものは誰がどうみても勝手な解釈です。

現状の国際状況を見ると、国防面で諸々と整備が必要なのは理解できます。ですが、それをするなら、都合の良いように解釈するのではなく、憲法を改正するという真っ当なプロセスを踏んで欲しいというのが僕の思うところです。これは戦争の是非とはまた別の話です。

民主主義国家は法治主義によって成り立っています。その根幹にあるのが憲法です。「この国の人にとって憲法が一番大切なルールですよ!」という決まりごとを無視しては、都合の良い解釈を繰り返し、国家が暴走する可能性があります。

社内でトップがルールを勝手に解釈して暴走し、不正会計が見つかりましたというレベルと同じにしてはいけません。

仮にこの法案の強行採決をきっかけに「何か」が起こった時、国のルールに基づいていた場合は国の正義を保てますが、そうでなければ後の世代への説明が難しくなります。筋道を立てていれば、後の説明責任も保てますし、修正も可能です。

一方で「憲法はGHQが都合の良いように作って〜 」という議論もありますが、だからといってルールを無視していいとは僕は思いません。誰がどのような思惑で作ったかは別の話で、少なくてもこれまでは、国家が国家であるために中心に据えていたルールをないがしろにしてはいけません。

不味いことが起こっていて、それに対して整備が必要であるならば、まずはルール、つまり憲法を真っ当な手段で改正してから実施するのが筋でしょう。

難しい話ですが、僕は理屈や筋道を大切にするタイプの人間なので、改正しないままで犠牲が生まれる可能性があっても、僕はルールを大切にしたいと考えます。もちろん、中には緊急を要する例外もあるでしょうから、それも踏まえて例外規定を設け、あくまでもルールに基づいて国家運営して欲しいと思っています。これはベンチャービジネスではありませんから、「世界を変えるには常識やルールを無視して」なんていう議論は言語道断です。

政治や国防の最前線に立つ方はそれぞれ違った意見をお持ちかもしれませんが、僕はそのように考えています。

関連して、自衛隊はどうなんだって議論もありますが、僕はそのあたりも同じく矛盾を感じています。

 

分かりやすいガス抜きによる世論操作

さて、そんなことを言っても強行採決はされてしまった訳ですが、僕がさらに眉をひそめたのはその翌日の国立競技場の計画を白紙にしたニュースです。

こんなにも分かりやすいカモフラージュ、ガス抜きがあるでしょうか。ちょっとバカにしすぎです。時間帯も、視聴率の高いミヤネ屋の時間帯を狙い、メディアを用いて世論を操作しているのが丸解りです。不快です。

いろいろと事情があるのでしょうけど、報道に立つ方々は少しくらいこの辺りに議論を展開させてもよいのではと思ってしまいました。

新国立競技場の議論は簡単です。国家の根幹を左右する事柄から比べると、単純にお金のお話です。誰がどう見ても予算が膨れ上がっているのですから「もったいない!税金の無駄だ!」という感情が浮上してくるのは政府も分かっていたことでしょう。

そんな分かりやすいカードを出して、難しく抽象的な議論も必要なもの、つまり安保関連法案の強行採決の件を煙に巻いています。陰謀論チックになるのは否めませんが、用意していたカードのようにも思えてしまいます。

これは僕の勝手な推察ですが、いや、まあ全部推察ですが、こんな解りやすいカモフラージュを展開させなければならないくらい、現政権にとって強行採決のダメージは大きかった。さらに強行採決をすれば支持率は低下することは過去のデータからも出ているので、それも承知の上で実施するほど、その必要に強く迫られる現状があるということなのでしょう。

長らく平和な時代が流れている日本ですが、そんな国家を維持するためにも、私たち一人一人がもう少し難しい話にも目を向けて、しっかり考えないといけない時代になっているのかもしれません。

今日はこの辺りで。

 

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