BLOG, マジックの話, 思うこと
私がマジシャンと名乗った日
先日、電車の中で私の運命を変えてくれた人と偶然の再会を果たすことができました。
その人は私をはじめて「マジシャン」としてお客様に紹介してくれた人です。
時々、講演会ではお話しているのですが、懐かしく思ったのもありまして、今日はそのことを書きます。
時は遡り、私が10代後半だった頃、大学生だった私はアルバイトを探していました。当時からマジックは趣味として楽しんでいて、どうせならマジックを活かしてアルバイトをしたいと思ったのです。
しかしながら、今も昔も、マジシャンとして働くのは大変ハードルが高い。マジシャンの知り合いもゼロでした。
ぱっと思いついたのは、路上でパフォーマンスするか、マジックバーで働くことでした。前者はピンとこなかったし、後者は私にとっては敷居が高く思えました。
私の中でのマジシャン像は、「煌びやかな空間で、紳士淑女に中、その輪の中心にスーツに身を包んだマジシャンがいて、時々上品なユーモアを交えながら、特別な時間を提供できる人」という、漠然としたイメージがありました。
いや当時は、もっと抽象的でしたが、少なくとも、そうした世界に憧れがありました。たぶんマジシャンとしては変わっているところですが、トリックや云々より、むしろそんな見たこともない世界観に惹かれていました。
さて、ではどうすべきか。冴えない頭で考えました。私のイメージにあう場所で、私の手に届きそうな場所はどこか。ぱっと出てきたのは大阪の夜の街。北新地でした。
いかにも裕福そうなビジネスマンや、キラキラしたドレスの女性が颯爽と歩く姿を見ていたからです。
もちろん、そうしたお店にいったこともありませんし、そもそも未成年です。コネクションもありません。私は、何を思ったか、トランプを一つポケットに入れて、連なるお店を端からノックしていきました。
「すいません、僕、マジックができるのですけども…」
「帰れ!ボケ!」
当然、こんな感じです。
50軒は回ったと思います。
怖い人に怒鳴られるだけでした。
何度か胸ぐらを掴まれたこともあります。
今思うと、どうかしていました。
諦めかけたとき、天使が微笑みました。
ある重厚なお店の扉にこんなチラシが貼ってありました。
「ピアニストを募集しています。」
ピアニストを募集しているなら、マジシャンも募集しているはずだと、謎の解釈をして、私は扉を開きました。その光景は今でも、はっきり覚えています。
「すいません、ピアニストを募集されていますよね。」
「そうよ!あなたピアニストね!ほんと?ちょうどよかった!」
「…あ、いえ。あの、ピアニストではないのですが、マジックが少しできます。」
「は?」
「なので、ピアニストではなく、マジシャンということになります。」
「マジシャン?」
「経験はゼロなので、今は素人です。」
「今、なにかできる?」
そうして、そのお店のママは裏から従業員を集め、私にマジックを披露するように命じました。
私は震えた手で、渾身のカードマジックを披露しました。
「おもしろいやん。いつから働ける?今日でもいけるか?」
「経験ないんやろ?今日からマジシャンや。しっかりお客さん楽しませてや」
その日が、私がマジシャンと名乗った最初の日になりました。
もちろん、初日は散々でした。手は震えるし、セリフもマジックも無茶苦茶でした。
「伊藤君、噂は聞いてたで。何よりや。
でもここだけの話、最初、めっちゃ下手くそやったな、どうしようかと思ったわ」
そう言われる程度には下手くそでした。
もはや、マジック以前の問題でした。
そこから優しいシェフやバーテンダーの方にボロクソ言われながら、
一流のお客様を相手にマジックを披露する日々が続きます。
今考えると、本当にどうしようもなかった私に、
とても暖かくして頂きました。
マナーや言葉使いはそこで学びました。
「マジシャンはマジックする前から始まってる。シェフの料理と一緒や。」
という言葉を今でも覚えています。
私が在学中に、ご家庭の事情でお店をたたまれましたが、
その後もお店で繋がった社長さんから、会社のパーティに呼んで頂いたり、
大きな客船のお仕事を頂いたりと、私の世界は広がっていきました。
「なんであの時、私を採用したんですか?」
「ええ子そうやったから。あと度胸や。あの時、わざわざ人呼んだやろ。どうせ失敗すると思うたんや。そしたら追い返そうと思ってたんや。でもしっかりやり遂げよった。かれこれ、何十年もああいう世界にいるから、金持って逃げるやつや、問題しか起こさへんやつもおった。せやから、人見る目には自信あるんや。」
改めて食事の約束をし、その場をあとにしました。
もしあの場で失敗していたら、
マジシャンをしていない可能性が高いと思うと、笑っちゃいますね。
でも思い返すと、そんな局面ばかりを経験しているように思います。
そんなお話でした。
続きはまた今度。