BLOG, ライフハック, 思うこと

facebookは自慢話大会?日本のfacebookは”うざい”?

facebook-3

今日は少し刺激的なタイトルです。笑

僕自身、facebookは”面白い”と感じています。

普段会わない、繋がっている人がある程度のプライベートを晒していたり、有益な情報を見ることができたり、新しい出会いのきっかけだったり…etc

ソーシャルメディアは新しい楽しみを提供してくれるけど、気を付けないと無意味に人に嫌悪感や反感を抱かせることにもなります。多くの人が一度は経験したことがあるのでは?

僕も反省しなきゃいけません。

これに関して、面白いブログを発見したので、引用させて頂きます。

FBのWallには、疲れる。なぜならフェイスブックのWallで見るものは、自分の嗜好を反映していないからだ。もちろん全員、「友達」だけれど、友達には色々な種類の「友達」がいる。

(中略)

特に最近、日本の友達がFacebookに大勢(おそらくmixiから)移行してきて、一日何度も自分のこどもの写真やラーメンの写真をUPしている。

(中略)

(海外では)面白い情報や、人生で起こった大事な瞬間の共有を、ある程度「昇華」させた形でアップしている人が多いけれど、私の体感では、なぜか日本国籍の友達は個人の日常の、他人にとってはどうでもいいことを気軽にアップする人が多い。

これはtwitterと比較した発言です。facebookはtwitterに比べて情報搾取が不自由だという主張です。また、日本人はmixi、アメブロの流れでfacebookに突っ込んでいるので、海外とは少し感覚が違うようです。

まあ正直、ありますよね。 僕自身は、やたらとネガティブな書き込みが続いたりするのには嫌悪感を感じます。FBはtwitterよりも、よりパブリックだと思っているのでfacebook上とtiwitter上では発言は分けています。

では、そんなFB上での発言、どんな風に対応すればいいんでしょう。

さて、続きを。

(中略)見るものに対してつまらないと感じた場合、もっとも安易な解決方法としては、

「友達」をやめる(Unfriendする)か、「購読しない(Unsubscribe)」(「友達」は外さないけれど、Wallには表示されないようにする)という選択肢をとるのが一番現実的であり、「そうすれば いいじゃん」と言う人もいるかもしれないが、

このような問題は私だけではなく、多くの人がSNSに抱く「人間関係の面倒くささ」にも共通するもののような気がする。

そうそう、つまり、「それ(=UNFRIEND)ができたら苦労しないけど、そんな簡単にはいきませんよね」ってこと。そういうのも含めて、「人間関係の面倒くささ」と表現されているようです。

facebookは個人情報がかなりオープン。会社組織に属していて、その中でのソーシャルな人間関係はややこしいですよね。この辺りも海外とは少し違うのかなって僕は思います。

そもそも、皆が皆facebookをする意味って何でしょう。 コミュニケーションツールであれば、メーリングリストやラインでもいい。 パブリックな場である意味がたぶんあるんだと思います。

これに関して…

残念ながら、自分が入れ込んでいるものは、他人にとってはどうでもいいことがほとんどである。

よくツイッターやフェイスブックでつまらないと批判を受けると、 「私(俺)は、自分の記録のためにやっている」という人がいる。

私は、この意味が全く分らない。 自分自身の記録や考えの整理のため「だけ」にやっているのなら、Public(公開)にせず、 日記でも書くか、Mac Book上にアルバムでもつくってそこに写真を溜めていけばいいのだ。

それでもあえて公開するということは、どこかで人に見てほしい、反応がほしい、という欲求があるのだろう。 自分が大事に思っているものを、見ている人にも分ってほしい、好きになってほしい、ポジティブな反応がほしい、と思っている。そこまで積極的な願望じゃなかったとしても、Like(いいね!)されたら嬉しい、「可愛い」、「美味しそう」って言ってもらえたら・・・というのをどこかで期待してるのではないか。そうでなかったらパブリックにする必要がないのだ。

本当にそう思います。僕が一番言いたいことはこれです。

自分の記録や整理にSNSを使うっていうのはいつも疑問に感じます。

人には皆、人に認められたい、構って欲しいという「承認欲求」というものがあり、それを満たすためにパブリックな場で発信する必要があるんだと思います。facebookの「いいね!」はその心理を上手く付いているなと。

プロジェクトを皆に知ってもらいたい、活動の報告をしたい、名刺代わりに使う、セルフブランディングのために、人と繋がるために…など、どんな目的が良いか悪いかは置いておいて、SNSを使う目的を定めずに利用しているのであれば、ただ単に自身の承認欲求を満たすものでしかないと思ってしまいます。

少し話は逸れますが、これが「SNS疲れ」に繋がっているんじゃないかって僕は思うのです。

承認欲求を満たすために利用しているため、自分の投稿への「いいね!」が少なければ、自分が認められていないと錯覚し、心理的なダメージを負ってしまうんじゃないかって。

きちんと目的を持っていたとしても、多かれ少なかれ承認欲求は働いていると思いますが、目的を持っている分、割り切れるところもあるんじゃないかと思います。少なくてもSNSで鬱になったり、過度なストレスを感じることはないんじゃないかと。

では、本題。なぜ”うざく”感じるのか?

私がどうしてもうざいと感じてしまうのは、「友達」という名前の強制的な読者を獲得しているなかで、自分の自慰行為を相手に見せつけているように感じるからである。

フェイスブックはブログと違い、自分のページの中に見たくもない相手の自慰行為が、能動的な拒否をしない限り自動的に流れてきてしまう仕組みなのだ。(略)

ここで大切なのは、facebookはある程度の強制力をもって情報を晒しているということ。

ここがブログと違うところ。

ブログは見たい人が見るもの、見たくないものは見ない。閲覧には目的があります。

facebookは友達の投稿は強制的に見れてしまう。嫌な言い方をすると、「友達」であれば、見たくもないものを強制的に見せつけることができる仕組みです。

facebookを辞めた友人に理由を聞くと「いいね!」を押すのが面倒くさいっていうのが結構いました。(僕はそんなこと思ったことありませんが。)

見たくもないものを見せつけられて、なんとなくいいね!を押さないといけないような気がして、さらに自分の投稿にいいね!がなければ凹む。

そりゃ、ウザいと思っても仕方ないかなと。結構な人が「facebook うざい」で検索しているのは驚きましたけど。

「これがおすすめだよ!」とか「こういう考えを知って欲しい!」っていう目的の投稿は全然アリだと思いますが(そういう意味でラーメンの写真は別に気にならない)、自分のもやっとした日々の思いや、可愛い子どもの写真を発信したいのであれば、ブログでいいじゃんって思ってしまうのです。

誰かに見てもらいたいという思いは誰にでもありますから、それは否定するつもりはありません。ただ、facebookは閲覧への強制力を伴うため、そればかり行うのはどうなのってことです。

度々になりますが、それを自分の整理のためにやっているなら、メモ帳にまとめておけばいい。

…まあ、結構極論だと思いますが、そういう視点もあるってことは理解して使うべきだと思います。

そして、もう1つ。

SNSはその拡散性も物凄いため、リスクが潜んでいます。

某掲示板では、常に「祭り」が起こっていますよね。

そこまで大きな事故には発展しなくても、適当に投稿した内容が原因で、トラブルが発生したり、信頼を失ったり…みたいなことは十分ありえます。

情報の発信にはリスクが伴うということは理解する必要があると思っています。

リアルとネットの境界線が段々なくなってきている。

この辺りの認識がまだ足りてない人が多いように感じます。

これからますますソーシャルの世界が発達していきます。

一人一人がリテラシーを持って、ソーシャルメディアを利用できるようになれば、世界はより豊かになっていきそうですね。

※参考&引用 FacebookのWall投稿を何故うざいと感じるか (らーめんとこどもの写真をめぐって)

 

この記事に辿り着いたあなたへのおすすめの本

 

 

ソーシャルメディアの何が気持ち悪いのか (朝日新書)
香山リカ
朝日新聞出版 (2014-06-13)
売り上げランキング: 6,508