思うこと
「ハイパーノマド-Hyper Nomad-」という人たち
ある場所で、面白い人と話をした。
「わからないけど、ハイパーノマドっていうのかも。僕みたいな人は。」
イギリス土産の紅茶を片手に、笑みをうかべながら彼はそういった。
世の中には、世界中を転々としながら、いつでもどこでも自分の仕事を「つくる」人たちがいる。彼らはヨーロッパ最高の知能と名高いジャックアタリによると、ハイパーノマドと言われている。
彼は今日は日本にいるが、明日はタイにいて、一週間後にはイギリスにいる。
彼のような人には、時々出会う。こっそりと人知れず、家族とともに自身のライフスタイルを追求している人もいれば、その分野ではそれなりの名誉を持つ人もいる。
一昔前に、ノマドワーカーという言葉が流行ったが、それとはすこしニュアンスが異なる。
「ハイパーノマド」な職業
ジャック・アタリの言葉を引用すると、ハイパーノマドとは具体的には次のような職業についていることが多い。
移動型の企業のオーナー、企業家や企業の戦略コンサル、エンジニア、発明家、デザイナー、作家、アーティスト、投資家…etc
そして、彼らは複数の肩書きを持つ傾向にある。私が出会った日本人のハイパーノマドな人は、ある顔はクリエイターだが、ある顔では起業家であり、投資家だった。
もっとも適した場所で「プレイ」する
「”それ”をするのに世界中で日本がもっとも適しているなら日本でプレイすればいいし、そうでないなら、わざわざ日本でプレイする必要は特にない。」
と彼は言った。
自国では展開しにくいビジネスモデルであっても、例えば東南アジアではブルーオーシャンであったりする。その時の「流れ」に合わせて、彼らはもっとも仕事のしやすい場所に移動し、ビジネスを展開し、富が生まれる仕組みを構築する。そして、また違う場所に移動する。
日本は今のところ経済が発展していて、動くお金も大きいがーー特に新しい技術やビジネスモデルにおいてーー既存の利権をまもるための規制が厳しい。そして、日本の国際的な競争力はこのままではまず間違いなく下がる。我々が発展途上国と呼ぶ国々は、目を見張る勢いで発展していて、GDPの順位は少子高齢化により、10位圏外になることも予測されている。
また、成長しているがゆえに所得格差が大きく、ポーカーと同じで「元手のチップ」が豊富な人は勝ちやすいが、そうでない者が逆転勝利するのは非常に難しい。もちろん、それは資本主義の仕組みであって、資本家が有利なポジションであり続けるというのは、ピケティが説く通りだ。
しかし、ポーカーでいうショートスタック戦略のように、チップが少ないなら少ないなりの戦略もある。
その単純な形が自由に移動し、競争がイージーな場所でプレイするか、物価格差を利用するということかもしれない。時代の流れにもっとも適した場所でプレイする方が勝率は当然高い。
ハイパーノマドな人たちは、もっとも適した場所でプレイーービジネスをしたり、表現したり、遊ぶーーするために、日々移動をつづける。
そして、それを可能にする移動コストは、LCCの驚異的な成長により、年々下がっている。今や、大阪から東京に行くより、大阪からバンコクに行く方が安い。
そんなことを彼は言っていた。
安全な場所を追い求めて
「テロや災害が起こったら、僕は違う場所に移動する」
その時に潜在的なリスクが高い場所を避けて、彼は移動する。縛るものが多いほど、実は守りたいものを守れないのかもしれない。
「ハイパーノマド」に必要なスキル
「いつの時代も本当の情報は、インターネットには落ちていない。それらは断片的なパズルのピースのようなものだ。正しい情報を手にいれて、正しいジャッジができないといけない。日本では報道されていない、重要な事実はたくさんある。」
移動を繰り返すライフスタイルを生きるのであれば、治安情報はもちろんのこと、そのほか様々な情報について常にアンテナを貼っておく必要がある。
「最低限の語学=英語と柔軟な感覚は必要だ。」
彼はそうも言った。
労働集約型ではない複数の収入ポケットを持っている
ハイパーノマドな人は、働いた時間や量によって収入が決まる仕事以外にも、富を増やす「仕組み」を持っている人が多い。
彼はヨーロッパのどこかの国の法人オーナーでありながら、クリエイターとして収入を得ている。そして、そこで増えた何割かの資産を、別の形で運用している。
もう時代は—特に日本は—1つの職業に縛られるスタイルは賢くないのかもしれないと常々思う。残酷でエキサイティングな時代の、リスクヘッジとしても。
彼が移動し続けるわけ
「自分のやりたいことをもっともエキサイティングに表現するために、その時にもっとも面白い場所で、面白いひとたちと出会うために移動する。」
彼はそう言って、小さなバックパックとともに、空港に去っていった。
Dear Mさん/楽しい時とヒントをありがとう。また、どこかで。